なぜ、いまさら医師不足なのか?

 以前に、産婦人科の医師不足について記事を書きましたが、今度は脳神経外科を目指す若い医師が減少しているとの話題が、新聞やネット上のニュースで取り上げられていました。実は耳鼻咽喉科も2年前までは全国で250名の医局入局者がいたのに、昨年はなんと100余名と半分以下に減っています。脳外科以上に激しい減少率なのに報道もされないのは、宣伝下手なせいなのか、あるいは耳鼻科はマスコミに見捨てられているのか。

医師不足なんていうのは、とっくの昔に解消されて、 むしろ医師過剰時代が来るといわれていたのが、私の医学生時代である20年ぐらい前の話。実際に毎年毎年、全体では4000人もの医師が誕生しているというのに、なぜ、いまさらの医師不足なのでしょうか。不思議でなりませんでした。
 そこでいろいろ調べてみますと、原因は「地域的な不均衡」、「診療科による不均衡」、そして「スーパーローテート」この3つが原因のようです。
 
 地域的不均衡とは、医者は都会に多く田舎には少ないこと。これは確かに難しい問題。我が身を振り返っても、山形という田舎に生まれながら、さらに奥地の病院勤務を命ぜられた時は、正直言って目の前が真っ暗になったこともありました。仮に本人が僻地医療が好きだとしても、奥さんや子供はどうするのかという問題もあります。
 具体例を挙げますと、ある豪雪地帯の病院で働いていた時のこと、病院で用意してくれた、一軒家の公舎に住んでいました。そこには4軒の公舎が並んでいましたが、妻子とともに暮らしていたのは私だけ。他の3軒は最初は家族とともに越してきたものの、ひと冬経験したらそれに懲りて、奥さんと子供は、派遣元の大学がある地元へ帰り、途中から単身赴任になったのだそうです。これって、家族が冷たいわけじゃないんです。医者は特に田舎では重宝されるので、むしろ充実した日々を送れると言えないわけでもないのですが、家族にとっては友達もできにくいし、新しい環境になじめないということもありますし、子供の教育の問題もあります。ということで、僻地医療に尽力しようとすると医者は家族を取るか、仕事を取るかの板挟みになることが多くなるでしょう。とにかく喜んで田舎に行く人は少ないでしょうね。それで今まではどうしていたのかといいますと、田舎の病院ではとにかく大学病院の各科の医局とパイプを持ち、そこの人事権を持つ人(多くは教授)にお願いして、医者を派遣して貰うことが多かったはずです。医局員である医者は、所属する医局との間でいろんなギブ・アンド・テイクがありますから、まあ、期限付きであまり好まない勤務地にも行っていました。医局と地方の病院(公立、私立含めて)との関係は、いろいろと公にはできない、「悪しき慣習」のようなことも一部にはあったかも知れませんが、それで地域住民はどんな田舎に住んでいても、ある一定水準の医療は受けることができました。また、田舎であればあるほど給与面でも「寒冷地手当」だの「僻地手当」だのという項目が、基本給の他にありましたので、派遣される医師も収入の面では報われておりました。
ところが、このバランスを崩したお節介な人たちがいます。それは「市民にオンブ・スマン」じゃなかった(汗)、「市民オンブズマン」という訳の分からん団体の人たちです。この人たちが騒ぐと行政側も動かざる終えないようで、医者の給料を減らしたり、大学とのパイプを保つための「研究費」という寄付金なども予算として計上できなくなったり、さらには寄付は違法として告訴されたりと、踏んだり蹴ったりの目に遭ってしまうようです。その結果地方の病院に行く医者が不足して、「市民」が困っているというのは何とも皮肉な話です。

 次に診療科による不均衡ですが、これは要するに科による人気、不人気の差が著しいこと。不人気な科としては小児科、婦人科、脳神経外科などがクローズアップされていますが、その他、麻酔科や我が耳鼻科も負けず劣らず、なり手がなくて困っています。じゃあ、他の若い医師たちは何科を選んでいるのかといいますと、たぶん内科なんでしょうね。そんなに内科医ばかり増えてどうするんだろうと、私なぞは思うわけですが、内科はとにかく就職先としては人気のようです。これは、比較的訴訟を起こされるなどのリスクが少ないこと、どこの病院でも内科医はたくさん抱えているので、責任も分散されること、勤務医を続けて行くとした場合の将来性などを考えてのことなのでしょう。
 この診療科目間の不均衡を解消する方法として、最も効果のあるのは、不人気科目の保険の診療報酬を上げること、病院では不人気な科ほど医者の給料を上げること、が最も効果的だと思うのですが、いかがでしょうかね。
 
 最後の、「スーパーローテート」っていうのは昨年あたりから始まった制度で、厚生労働省が、国家試験に受かったばかりの医者に、2年間の「初期研修」というものを義務づけたものです。医者になっても2年間は見習いのような形で、数ヶ月毎にいろんな科を巡るわけです。ということで、新卒の医者は即戦力とは成り得ないというわけで、この初期研修を修了した医師が出てくるまでは、どうしても医師不足にならざる終えないわけです。この制度は、新人の医師に、専門領域以外の分野でも、ある程度の知識と経験を身につけさせるために、導入されたのだと思います。それはそれでよいのでしょうが、問題は「何でも屋さん」が増えてしまい、スペシャリストの養成が遅れることにあるのではないかということ。それよりも、医学部の臨床実習をもう少し充実していく方が、先だったような気がしないわけでもありません。それはともかく、このスーパーローテート経験者が、今後それぞれの専門の分野に進んだとき、以前の卒後すぐ希望の専門分野に進んでいた時代と比べて、どんなメリットがあったのか見て行かなければいけないと思います。


↓この記事が参考になれば、ぽちっと押してください。1日1回ご協力よろしく。
☆人気ブログランキング(病院・診療所部門)へ☆
Commented by たかし at 2006-05-18 22:37 x
こんにちは
家内の実家は僻地指定です。近くの公立病院まで車で25分程度。
里帰り出産をしなかった理由の一つに、この公立病院の産科の体制にありました。厳しい状況にありますね。
国民が医療をどのように捉えるかによって、解決方法も異なるでしょうが。患者にとっては今現在の問題であるので深刻と思います。
現在は地方の中小都市に住んでいますが、徒歩10分以内に小児科の先生が5人もいます。勿論他の科の先生も。耳鼻科の先生は徒歩5分以内に3人もいらっしゃいます。
Commented by jibikai at 2006-05-18 22:49
>たかしさん、特に産婦人科医不足の問題は、少子化にさらに拍車をかけることにもなりますから、早急に解決すべきと思います。それにしても、国は動かないですね。地方の住民は悲鳴を上げているのに、見殺し状態です。
Commented by miya_sei at 2006-05-19 08:11
スーパーローテのカリキュラムって誰が決めたのか知らないんですがなんか学生の延長に過ぎないイメージもあります。
やっぱり今までの研修医に比べると緊張感ないですもん・・・・・

上についた先生もいくら下についたといえ、どの科に行くかもわからない人にしかも数ヶ月だけの人にどこまで権限を与えていいのか、しかも指導したからといってそれで特別楽になるわけでもないだろうに手当が付くわけでも無し。

麻酔科や救急医療、一般内科を数ヶ月回るのはいいかなと思うんですが、2年間かけてどれだけすごい知識がつくのか甚だ疑問なんですよねぇ・・
もちろんやる気のある人はたくさんいると思うけどそうでないひともいるわけですし・・・・
難しいですね。。。


Commented by jibikai at 2006-05-19 08:58
> miya_seiさん、コメントありがとうございます。スーパーローテートの目的はプライマリケアのできる医者を作ることなんでしょうが、「お客さん」状態の中途半端な立場で各科をまわっても、生きた知識は身に付かないでしょうね。仰るとおり指導する側も、戦力になることなく数ヶ月で去っていく研修医に、どれだけ熱意を持って指導できるかというと、かなり疑問ですね。
そう考えると、なんだかとっても無駄な2年間だと思うのですが、もちろん今は当事者じゃないので、実態はよくわかりません。今後、大学や研修指定の病院の先生にも、色々と聞いてみたいと思っています。
Commented at 2006-05-20 22:33
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2006-05-20 22:36
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2006-05-20 22:37
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by osha-p at 2006-05-21 21:05
コメントありがとうございました。Net情報を発信する立場として、一部の人なんでしょうけれど、現実での医者との話合いよりもNet情報でものごとを決めてしまう事に問題を感じてしまいました。
私も両側の入り口にいます。体調による変化もありますので様子をみつつやっています。上のコメレスもありがとうございました。
Commented by jibikai at 2006-05-21 22:55
osha-pさん、やはり医療は、生身の人間である医者が、同じく生身の人間である患者さんを診療するのが基本で、それは今後どんな技術革新があっても当分変わらないと思います。
ネットでも書籍やTVなどでもそうですが、突然変異的に優れた治療法として宣伝しているものは、まずは怪しいと疑ってかかるべきと思います。
by jibikai | 2006-05-18 15:10 | Comments(9)

山形市の耳鼻咽喉科 あさひ町榊原耳鼻咽喉科  院長のブログ


by jibikkuma