耳鼻科と癌

 耳鼻科領域に癌は無いと思っている人も多く、よく「耳鼻科は癌を診なくてもいいから、楽でしょう。」なんてことを言われて、少々ムッとしたことが何度かあります。そりゃ、今でこそ開業していますので、癌の患者さんを診ることも非常にまれとなり、ましてや癌の手術なんて関係の無い世界にいますが、病院に勤めていた頃は、結構多くの癌を患った患者さんを診てきました。
 「耳鼻科」というと耳や鼻を診るだけというイメージですが、大学病院などの大きい病院となりますと、名称も「耳鼻咽喉科頭頚部外科」となり、外科の一部門という位置づけとなります。上は額の生え際から下は鎖骨までと、意外と広い守備範囲を受け持っており、その範囲に発生した癌は診なくてはいけないわけです。耳鼻科領域に発生する癌としては、具体的には、喉頭癌、上顎癌、咽頭癌、食道癌、舌癌、口腔癌、甲状腺癌、耳下腺癌、悪性リンパ腫などがあります。
 このように想像以上に耳鼻科領域の癌の種類や症例数は多く、大学病院や県立病院などの中核病院では、毎月3〜4件位の癌の手術をするほどで、10時間を超えるような大手術もまれではないのです。
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10年以上も前、私が、ある大きな病院に勤めていた頃の話。癌患者の多いこの病院では、耳鼻科だけでも、毎月一人ぐらいの割合で看取らなくてはなりませんでした。医者は3人という布陣(耳鼻科としては多い)で、一番上にはベテランの医師がおり、難しい手術の執刀などはこの先生がやるわけですが、日々の処置などは3人の医師が交代であたっておりました。

 今でも忘れられないのは、ある50歳代の舌癌の患者さんのこと。少し進んだ状態で癌が見つかり、一度は手術で取りきったと思ったのに再発し、放射線療法も限界まで行い、抗癌剤を使っても、癌の勢いを止められず結局亡くなりました。
 癌が再発して、身体もだいぶ弱ってきた頃、患者さんは私にこう尋ねました。入院前、小口の宅配業をやっていたとのことですが、「俺、退院できっかなあ。退院したらよォ、また仕事したいんだ。お金が欲しいとかじゃないんだげどよォ、馴染みのお客さんがいぱいいっから、みんなさ会いたいんだ。」
 
 今はどうかわかりませんが、その当時は、癌でしかも助かる見込みのない患者さんには告知しないのが、常識でしたので、私は「手術もうまくいったから、退院できますよ。」などと説明したと思います。言った後で、それで良かったのかどうか、考えたものでした。結局その患者さんは、その後1度も病院の外へ出ることはできずに、それからしばらくして亡くなりました。告知した方がよかったのか、しなくて良かったのか、今でも全くわかりませんが、常識だからとか、みんなそうだからということで、告知しなかったのは、ある種の”逃げ”だったんだと思います。
 
 ただ、こんな格好いいことは、今は開業していて実際癌の治療に携わらなくても良くなったから言えるわけで、常に患者さんの生死にかかわる様な厳しい現場で仕事している医師たちは、患者さんの人生にどう関わっていくか、考える余裕もないというのが現実かも知れません。また、主治医といえども、例えば助かる見込みのない患者さんがどういった死を迎えるのがいいのか、決定する権利はなく、かといって一番の当事者である患者本人も意識がないような場合、延命治療をどうするかなど、なにも社会的な合意がないため、終末期医療って本当に難しいんじゃないかなと思います。
 しかしながら、人間いつかは皆死ぬわけで、どう死んでいくのがいいのか、もちろん人それぞれ違うのでしょうが、社会としてはどうなのか議論されてもいい頃かも知れません。

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Commented by Inoue at 2006-04-05 07:21 x
「告知」というのは、ガンであることではなくて、ガンに治癒可能性がないことですか?それじゃ、もう一世代前の医療よりはましになったわけですね。ガンであることを隠していたわけですし。
 患者にありのままのことを告げていいかどうかなんて誰にもわかりません。自分に置き換えてみればわかります。私もあと半世紀後にはたぶん生きていない。だからといって、「あなたは何年何ヶ月後に死にます」と言われて気持ちがいいわけがない。
Commented by jibikai at 2006-04-05 23:04
>Inoueさん、一般的には、例え悪性腫瘍であっても、正確な病名を告知するケースは、以前より増えていると思います。ただ生命予後についてまで告知するかは、特に予後不良の場合は非常に難しいですよね。
 たとえば、初診時の問診票などに、「診察や検査の結果、あなたが治る見込みのない癌だとしたら、告知されることを希望しますか?また、回復の見込みの無くなった場合、延命治療は希望しますか?」などと書いてあったとしても、自分でもなかなか選べないでしょうね。
 ただ、本人不在のところで、延命治療をどうするか決められていくのもどうかなと思うのです。
Commented by inoue0 at 2006-04-06 06:59
 「死」をどう考えるべきかというのは、宗教や哲学の最重要テーマで、物理学や数学なんかよりも、はるかに多くの人が頭を悩ませてきた問題だから、膨大な知識があるはずなんですね。医療技術の進歩でかなり様相が変わったとはいえ、本質的には「人は皆死刑囚」という状況は変わっていません。
 医師養成教育では、「死の哲学」を教えることも重用課題ではないのかと思うのですが、ぜーんぜん、そんなものを教えるような機運はないですね。医療倫理とか医学史の講義すら存在しないのだから。
 本当にびっくりしたことに、教養教育担当者と医学部教務委員会の間では、ほとんど連携がなされていないらしいのです。
by jibikai | 2006-04-03 19:03 | 耳鼻科全般 | Comments(3)

山形市の耳鼻咽喉科 あさひ町榊原耳鼻咽喉科  院長のブログ


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