診断や治療が異なる理由について(後編)
2007年 06月 11日
前回はインフルエンザの例を挙げて、受診のタイミングによって違う診断になることもあり得る、という話をしました。今回はその他の理由について考えていきたいと思います。
まずは、「医者個人の経験や考え方」。言うまでもなく、医者になるには医学部を卒業して、医師国家試験に合格しなければなりません。医学部で学ぶことや国家試験で要求される知識は、あまり偏りの無い標準的なものなのですが、それはあくまでも最低限のレベルであって、それよりも卒後の研修や日々の診療の中で学んでいくことの方が、はるかに多いのです。実地で学ぶことは、何しろ相手が患者さんであり、いろいろな病気なわけですから標準化することなど出来ないわけです。したがって、仮に新卒の医者が同じレベルの知識と考え方を持っていたとしても、その後の経験で様々に分化していくことが考えられます。それは、何も医療に対する信条なんて大げさなことでなくても、ごく小さなことからも、診断や治療に対する考え方に違いが生まれてくるのです。
例えば、ある新薬を試したところ、もし最初の患者さんに予期せぬ副作用が出たとしたら、よほどのメリットがない限り、その薬は他の患者さんにも使おうとは思わなくなります。文献的に、あるいは製薬会社のデータでは副作用の頻度がかなり少なく、たまたまその少ない副作用が1例目で出てしまったものだとしても、自分の経験を優先して副作用が起こりやすいと判断するでしょう。科学的に考えれば、何千、何万という症例数を重ねて出されたデータの方が信頼できるはずなのですが、この場合は自分自身の経験した1例の方を重要視するわけです。こういった自分自身の経験の積み重ね、言い換えれば勘に頼った診療は、しかし、間違いを生み出すこともあり得ます。
そこで、 最近はEBM( evidence based medicine;根拠に基づいた医療)といって、正しい手法で行われた研究の結果を、治療法の選択の拠り所としようという動きです。その動きの具体例としては、最近様々な疾患毎に作られている「診療ガイドライン」というものです。これは標準的な診断と治療のマニュアルみたいなものなのですが、もちろん必ずこれに従いなさいというものではないのですが、多くの真面目な研究結果に基づいたものですので、それなりに説得力もあり、大体はその通りに診療して間違いはなさそうに思われます。
ところが困ったことに、科によってガイドラインで謳っていることが違っていたりします。
例えば小児の急性中耳炎ですが、これは細菌感染が原因となって、中耳の粘膜が腫れたり中耳に膿が溜まったりする病気です。風邪に続発しやすいごくありふれた病気で、症状は耳痛や耳漏(みみだれ)です。私は耳鼻科医ですので当然耳鼻科で診療すべき疾患と思っていますが、風邪で小児科にかかったついでに診てもらうようなケースも実際は多いです。まあ、どこで治療を受けてもそれが適切であれば問題がないわけですが、困ったことに拠り所としている小児急性中耳炎の診療ガイドラインが、耳鼻科で作ったものと小児科で作ったものの二つ存在し、それぞれ言っていることが食い違っているのです。それは、いずれもEBMという科学的な手法に則って作られたガイドラインであるにも関わらずです。なぜ、そんなことがおきているのかと言えば根拠となる文献の評価の仕方が違っていたり、耳の所見の取り方などの差から、同じ病気であっても違う治療方針となってしまっているようです。ということで、複数の診療科が一つの病気を診る場合は、診療が異なってしまう可能性があるということです。
さらには同じ耳鼻咽喉科の中でも、大学の系列などによって診療方針が異なっている場合もあり、さらに複雑です。
さて、最後の「患者さんの個性や考え」ですが、大分長くなりましたので、これについては、また、後日改めて書くことにします。
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今回は、世の中の流れとしては医師個人の印象や経験や勘といった段階から、もう少し科学的な手法を使って診療方針を決定する方向に行ききつつあるものの、まだまだな面もあり、その結果、診断や治療が違ってしまうということについて書きました。
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